コラム

vol.31 2012年1月号
市場サイクルから読み取る投資家の動向と選好

不動産の取引市場では、取引が頻繁には行われず、かつ相対で取引されるケースが多い特徴を有する。従って市場における投資家動向や不動産に対する選好を把握するのに、個別の取引事例の情報に依存しがちで、市場全体の動向を的確に理解するツールや情報が欠けている。
本稿は、取引市場における実際の取引量と価格を2軸とする市場サイクルを表現することで、市場全体の投資家動向やプロパティタイプ別投資家選好を読み取ることを試みる。さらに、市場サイクルから不動産市況の転換の兆しを読み取ることを試みる。

不動産取引市場サイクルの形成プロセス

コラム編のvol.13 2010年7月号「不動産取引市場の需給分析」では、賃貸住宅を例として、その取引量と価格を2軸として反時計回りに市場サイクルを描くことを確認した。さらに、そのサイクルを(1)回復期、(2)高騰期、(3)不況期、(4)低迷期に区分して、ミクロ経済学の需給分析の観点をもとに、不動産取引市場の買手と売手の動向による、サイクルの形成プロセスを解説した。以下はその抜粋である。

ミクロ経済学の考え方に基づくと、不動産は他の消費財や投資財と同様に、買手の購買意欲を示す需要曲線と売手の売却意欲を示す供給曲線の交点で取引量と価格が決定される。また、買手と売手の動向(需給曲線のシフト)によって、不動産の取引量と価格が変化する(交点の移動)。ここでは、取引市場で観測された取引量と価格(需給曲線の交点)の反時計回りに描いているサイクルの(1)回復期、(2)高騰期、(3)不況期、(4)低迷期、それぞれの局面での主要な買手、売手の動向、およびサイクルの変動方向を図表1,2で整理する(vol.13 2010年7月号「不動産取引市場の需給分析」の抜粋)。

【図表1.需給曲線のシフトによる交点のサイクル変動(イメージ図)】
【図表1.需給曲線のシフトによる交点のサイクル変動(イメージ図)】

出所)住信基礎研究所

【図表2.買手・売手の動向による取引市場サイクルの形成プロセス】
【図表2.買手・売手の動向による取引市場サイクルの形成プロセス】

出所)住信基礎研究所

プロパティタイプ別市場サイクルから読み取る投資家動向と選好

プロパティタイプ別に不動産の収益構造、投資リスクが異なるため、各タイプに対する投資家の選好も異なり、結果的に、プロパティタイプ別に異なる市場サイクルを描く。ここでは、プロパティタイプ別サイクルを確認し、それらのサイクルから読み取れる投資家の投資動向や選好の相違を解説する。
オフィス、賃貸住宅、都心型専門店、郊外型SCの過去6年半(2004年10月から2011年4月まで)の市場サイクルは、取引件数(取引量を代替)と期待利回り(取引価格を代替、反転軸)で表現され、概ね反時計回りに楕円形を描いていることが確認できた(図表3)。ただし、その楕円形の傾きがタイプによって異なる。オフィスと賃貸住宅は、横長の楕円形となっているが、都心型専門店、郊外型SCの場合は、縦長の楕円形となっている。
オフィスと賃貸住宅は投資対象物件と、取引参加者が多いため、多くの参加者の中で買手や売手の希望価格を安易に変更せずに、価格目線の合う相手を探索する傾向がある。取引の変動を通じて市場調整(数量の調整)を行っている傾向がある。一方で、都心型専門店と郊外型SCは、投資対象物件が少なく、しかもオペレーショナルアセットとしての色彩が強く、取引参加者が限定的であるため、取引件数の変動余地が小さく、価格の変動を通じて市場調整(価格調整)を行っている傾向がある。
また、郊外型SCは他のタイプと比べて、回復期から高騰期に転じるタイミングが遅い傾向がある。郊外型SCは他のプロパティタイプより代替テナントの確保が容易でない。また、オフィス、都心型専門店よりは立地優位性が欠けているため、不動産投資家の選好が劣後するタイプである。買手は通常、オフィス、賃貸住宅、都心型専門店への投資を優先するが、それらのタイプが高騰期に転じた場合、投資規模が大きくかつ比較的高利回りの郊外型SCへの投資が志向される。そのため郊外型SCの高騰期の到来が他のタイプより1年前後遅れる傾向がある。

【図表3.プロパティタイプ別取引市場サイクル】
【図表3.プロパティタイプ別取引市場サイクル】

出所)取引件数は、2010年10月以前は日経BP社「日経不動産マーケット情報」をもとに住信基礎研究所が作成した実績値、2011年4月は住信基礎研究所による推計値。期待利回りは、一般財団法人日本不動産研究所「不動産投資家調査」の結果(中央値)
注1)プロパティタイプ別取引件数は、全国の取引金額が1億円以上の年間取引件数
注2)オフィス期待利回りは、都心5区(丸の内・大手町地区、日本橋、神田、虎ノ門、汐留、赤坂、六本木、港南、西新宿、渋谷の平均)、周辺18区(池袋、上野、大崎の平均)、大阪、名古屋、札幌、仙台、横浜、福岡の平均値
注3)住宅期待利回りは、城南、城東、大阪、名古屋、札幌、仙台、横浜、福岡の平均値
注4)都心型専門店期待利回りは、銀座、表参道、地方都市(大阪、名古屋、札幌、仙台、横浜、福岡の平均)の平均値
注5)郊外型SC期待利回りは、東京、地方都市(大阪、名古屋、札幌、仙台、横浜、福岡の平均)の平均値

市場サイクルから読み取る市況転換の兆し

取引市場全般が高騰期から不況期に転じる時期に、オフィス、住宅と都心型専門店の価格が高水準で推移するにもかかわらず、取引件数が一時的に増えたことが確認された。それはサブプライムローン問題のような急激な信用収縮に伴って、一部の投資家の売り急ぎによるものと考えられ、不動産市況の転換の兆しとも見られる。
この時期は、市場の外部環境の変化により、投資家の資金繰りの問題や、不動産価格の下落リスクが顕現化する時期である。売手はこれまでに価格の上昇期待を見込み、強気の価格を設定した優良物件に対して、取引が実現するように価格の調整や売却活動を積極的に行うことになる。一方で、買手は、供給された優良物件の希少性や収益性等を高く評価し、比較的高い価格で取得する動きがある。売手の売り急ぎにより優良物件の取引が成立し始めると、不況期に移行するタイミングが近づいているとも考えられる。

取引市場サイクルの利用と留意点

昨今、取引市場の内外環境(マクロ経済環境、賃貸市場、金融市場、資金調達環境等)が大きく変化している。それらの変化が不動産の投資家にどのような影響を及ぼすのか、投資家がどう反応するのかを把握することは、投資家の行動原理の理解や、市場の将来見通しを行う際に重要である。通常、観測しにくい取引市場の買手と売手の動向は取引市場サイクルで代替的に表現することによって、そのサイクルにおける現時点の位置を把握することで、買手と売手の動向を読み取る手掛かりになるだろう。
以上の観測された取引市場の過去の1サイクルでは、不動産の証券化が進み、国内外の投資資金の過剰流動性と企業保有不動産のオフバランス化の進行を背景に、J-REITと私募ファンドの市場規模が急速に拡大し、取引件数の急拡大(縮小)や期待利回りの大幅な低下(上昇)が見られた。今後、不動産ファンド市場の成熟化につれ、取引件数と期待利回りの変動が緩やかとなり、取引市場サイクルの大きさが縮小、各局面における期間が長くなると予想される。

(作成:株式会社住信基礎研究所 投資調査第2部 副主任研究員 肖 健)

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