コラム

vol.13 2010年7月号
不動産取引市場の需給分析
◇株式会社 住信基礎研究所 投資調査第2部 副主任研究員 肖 健

不動産取引市場の分析手法の紹介

これまで不動産取引市場の実態については、取引価格あるいはキャップレート等の利回り指標で説明されるのが一般的であった。しかしながらここ数年の同市場の動向を見る限り、たとえ価格等が同一水準であっても市場の実態は大きく異なることが指摘できる。例えば、(財)不動産研究所が実施している「不動産投資家調査」では、東京城南地区(目黒区・世田谷区)の賃貸住宅(ワンルーム)の期待利回り平均値は、2004年10月の6.0%に対し、2009年4月は6.1%とほぼ同水準である。しかしこの2時点の市場間には、市場変動の背景・要因、およびその後の市況見通しなどに大きな隔たりがあることは、市場関係者やCRE担当者等も強く実感していることであろう。
本レポートは、このように価格指標だけでは表現しきれない市場環境を明らかにするため、ミクロ経済学における需給分析のアプローチを援用し、不動産の取引量と価格から市場変動の実態を把握し、また市場変動の要因を需要と供給の変化として構造的に把握した試みを紹介する。
ここで取り上げる需給分析のアプローチは、ミクロ経済学における以下の基本的な考え方に基づく。すなわち消費財市場、株式市場等の完全競争市場における価格と取引量は、需要が供給を上回る場合は価格が上昇し、供給が需要を上回る場合は価格が下落するという、いわゆる「市場メカニズム」によって、最終的に需要=供給である均衡点に収斂する。なお均衡点は取引量を横軸、価格を縦軸とする二次元平面上で、需要曲線および供給曲線の交点で特定される(図表1)。また何らかの理由で需要や供給が変化すなわち需要曲線あるいは供給曲線がシフトした場合は、均衡点も変化する。
なお、ここでの需給分析によるアプローチでは情報の完全性や財やサービスの均質性などいくつかの仮定を置いて議論している。不動産取引市場は相対取引が多く、市場参加者に十分な情報が行き渡っていないこと、実物の不動産に同じものが二つ存在しないことなど、これらの仮定を置くことができない可能性はある。しかし近年は、不動産証券化の進展を通じて取引情報の開示が進み、またプロパティマネジメントの普及等により、事業収益にも物件によるばらつきが小さくなる傾向にあり、需給分析アプローチの利用可能性は以前より高くなっていると考えられる。

【図表1.不動産取引市場における需給分析アプローチのイメージ(需要曲線シフトの場合)】
【図表1.不動産取引市場における需給分析アプローチのイメージ(需要曲線シフトの場合)】

2003~2009年の不動産取引市場

ここでは、賃貸住宅の取引市場を取り上げ、横軸に取引件数、縦軸に不動産価格のキャッシュフロー調整後指標である期待利回りを採用し、2003年10月から2009年10月までの実績データを半期ごとにプロットした(図表2)。そのプロットの結果と不動産取引市場における現場での各種事象を踏まえ、上述した需給分析アプローチ(需給曲線のシフト)で4つの局面の取引市場の実態を解釈する(図表3)。

【図表2.不動産取引市場(賃貸住宅)の取引件数と期待利回りの推移】
【図表2.不動産取引市場(賃貸住宅)の取引件数と期待利回りの推移】

出所)日経不動産マーケット情報(日経BP社)および不動産投資家調査(財団法人日本不動産研究所)をもとに
住信基礎研究所作成
注1)取引件数:集計時点の前後3ヶ月(計6ヶ月)の取引件数(全国、バルク取引除く)
注2)期待利回り:投資家の期待利回り平均値(ワンルーム/城南地区)

(1)回復期:2003年から2005年にかけて、需要曲線と供給曲線の交点となる均衡点は、概ね右上(取引増加/価格上昇)に移動している。この時期は、不動産価格がキャッシュフロー水準に比べ割安な水準にまで調整され、需要側(買手)として、一般事業法人や機関投資家等の投資意欲が高まるとともに、グローバルマネーの過剰流動性を背景に、エクイティおよびデットの各不動産投資資金の受け皿としてJ-REIT及び私募ファンド規模が拡大した(需要曲線の右方シフト)。一方、供給側(売手)は、市場動向を捉えるためにより多くの取引情報を求め、市場の情勢をうかがい見る態度を取った(供給曲線の現状維持)。こうした需要拡大を背景に、不動産取引も大幅に増加し、不動産価格が上昇した。
(2)高騰期:2006年から2007年にかけて、均衡点は左上(取引減少/価格上昇)に移動している。この時期、多くの需要側の投資意欲が一巡し、不動産価格の高騰に伴う無理な不動産購入を避ける動きが広まった(需要曲線の現状維持)。一方、供給側は、不動産の取得価格の上昇に対して、目標投資リターンを獲得するために、より高い売却価格を探っていた(供給曲線の左方シフト)。この結果、不動産価格が上昇し続けたが、取引件数は減少に転じた。
(3)不況期:2007年後半から2008年にかけ、均衡点は左下(取引減少/価格下落)に移動している。この間、金融危機の影響を受け、特にJ-REIT投資口価格の低迷およびノンリコースローンの出口であるCMBS等証券化商品の販売が機能停止した事に伴い、エクイティ及びデット投資資金のリスク回避度が高まった。これにより不動産価格の高騰感のため様子見していた需要側の投資意欲は急速に縮小し(需要曲線の左方シフト)、一方の供給側は、一部の短期的なキャピタルゲインを狙う買手がまだ市場に残っていることを期待し、高い不動産価格の取引機会を模索した(供給曲線の現状維持)。その結果、取引件数は大幅に減少し、不動産価格が下落した。
(4)低迷期:2009年に入り、均衡点は右下(取引増加/価格下落)あるいは右上(取引増加/価格上昇)に移動している。不動産価格が急速に調整されたことを受け、需要側は投資再開の時期を探り始めた(需要曲線の現状維持)時期である。一方供給側では、自らの毀損を回避あるいは最小化したいレンダー等が不動産価格の下落に耐えかね、BCクラスの不動産を中心に損失処理を行い始めた(供給曲線の右方シフト)。結果として取引件数は増加に転じ、不動産価格も下落から上昇を探る展開となっている。

【図表3.不動産取引市場における需給調整プロセス】
【図表3.不動産取引市場における需給調整プロセス】

不動産取引市場の特徴と需給分析の活用

以上のように不動産取引市場を取引量と価格でポジショニングすることで、市場の実態を構造的に捉え、かつその変動要因を需要と供給の変化(需給曲線のシフト)よって解釈してみた。
こうした需要と供給の変化パターンが必然的とするならば、取引件数は市場転換の前兆とみなすこともできる。すなわち価格が上昇しているにも係わらず取引件数が減少していれば、まもなく需要減退により不動産価格も下落に転じ、同じく不動産価格が下落しているにも係わらず取引件数が増加していれば、損切りの進展によってまもなく新規投資が再開される前兆と推察される。
以上のように、本レポートで示した需給調整プロセスが繰り返されるならば、需給分析アプローチによる実態把握は、市場タイミングを計るため、あるいは短期予測のための有力なツールになるものと期待される。

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