- vol.08 2010年2月号
- 行動ファイナンスで読み解く不動産取引市場
◇株式会社 住信基礎研究所 投資調査部 研究員 大谷 咲太
不安定な不動産取引市場
事後的に振り返ってみるとしばしば不動産取引は過熱し、大幅な価格の上昇・下落、あるいは急激な取引件数の増加・減少を経験してきた。資産が膨らみ続ける中で、運用先としての不動産に対する関心は高まっているが、足元では不動産取引件数が1年半のうちに半数以下にまで急減するなど、不動産投資の実行やその出口戦略を想定する上で、スムーズな不動産売買を行うための安定した市場を形成しているとは言いがたい。
それでは、なぜ合理的な価格形成がなされにくく、不動産取引は過熱しやすいのであろうか。その行き過ぎた取引の要因を探るため、不動産の買い手と売り手の動向に焦点を置きながら、近年の不動産取引量と不動産価格の推移を確認する。その上で、近年注目を浴びている人間の非合理的な行動に着目した“行動ファイナンス“の代表的な仮説(心理的バイアス)を用いて、不動産の買い手、売り手の双方が合理的な行動を取れずに取引の過熱を招いてしまうプロセスについて解釈を試み、効率的な不動産取引を行うための処方箋を探る。

出所)日経不動産マーケット情報をもとに住信基礎研究所作成
注)取引件数は全エリア、プロパティを含む四半期移動平均値
心理的バイアスに左右されてきた投資家行動
まず不動産取引件数の推移を直近の不動産価格上昇・下落の1サイクルで振り返ってみると、取引件数の推移は双峰のM字に近いカーブを描いている。エリア別やプロパティタイプ別に取引件数の推移を示してもM字に似たカーブを描くことが多い。
取引件数が急増し、減少、増加を経て、その後急減するという不自然な推移は、合理的な投資家の意思決定により取引された結果としての波形とは考えにくい。そこで、取引参加者である買い手・売り手の心理的なバイアスにより取引件数の推移が安定的な推移とはならず、結果として不動産価格が過剰に上昇または下落することを取引量の増減から4つの時期に区切って整理する。
■第1フェーズ(~2006年半ば)
取引:増加、価格:上昇(=買い手:増加)
J-REIT市場や私募ファンド市場の成長による、以前には見られなかった買い手の登場により、不動産取引が活発化していた時期である。買い手が増加した市場の中で「追随行動」によりさらに買い手を過剰に呼び込んでしまっていたと考えられる。この時期、エクイティ資金が集まりやすく、新規参入しやすい状況が続いていたことも過剰な買い手の増加を後押しした。
「追随行動」:自らの意思決定によらず、群集の行動に追随して横並びの行動を取ってしまう。
■第2フェーズ(2006年末~2007年半ば)
取引:減少、価格:上昇(=売り手:減少)
不動産価格の上昇が続き、投資家が不動産価格の上昇を明確に認識できた時期で、一部の市場参加者はこれまでの不動産投資で大きなリターンを得ることができ、投資家心理としては「自信過剰」な状態が発生していた。さらに価格が上がり続けると錯覚し過度に売却を控えてしまい、不動産価格はさらに上昇し、取引件数は減少するという現象が見られた。また「保有効果」も加わった過剰な売り控えにより、不動産価格はさらに過熱度を増し上昇していった時期である。
「自信過剰」:自己の能力を過信してしまい、正常な判断ができなってしまう
「保有効果」:所有する前と後でその価値が変わらなかったとしても、自分が保有しているという状況に追加的な価値を見出し、手放しにくくなってしまう
■第3フェーズ(2007年末~2008年初)
取引:増加、価格:下落(=売り手:増加)
「売り急ぎ行動」により上昇し過ぎた価格が調整され始め、価格がピークアウトする時期である。さらに第1フェーズにおいて買い手が増加したのと同様に「追随行動」により、売り手が増加したことでさらに売り手が増え、取引の増加、価格の下落に繋がった。
「売り急ぎ行動」:人は損失が出たときは確定するのを嫌うが、利益が出たときは早く確定したがる
■第4フェーズ(2008年前半~)
取引:減少、価格:下落(=買い手:減少)
売り手の増加により価格が下落し始めたことにより、遅れて買い手として参加した投資家を中心に損失を出し始めた時期である。このとき「スネークバイト効果」が生じ、リスク許容度が極端に低下してしまった時期と捉えることができる。リスク許容度の極端な低下は銀行など資金の出し手にも生じ、これまで不動産の主な買い手として台頭していたJ-REITや私募ファンドの資金繰り懸念の高まりを引き起こした。
さらにこの時期は「損失回避特性」が売り手の減少をもたらし、恐怖心による買い手の減少と重なり、急激な取引件数の減少につながった。
「スネークバイト効果」:損失を出してしまった直後は過度に恐怖心を抱き、合理的な行動が取れない
「損失回避特性」:損失が発生している場合、損失の確定を先送りにし、過度にリスクを背負ってしまう

出所)住信基礎研究所作成
各フェーズの買い手・売り手の増減サイクルを整理すると図表のようになる。行動ファイナンスで説明される心理的バイアスなどにより、買い手・売り手の増減の波が生じ、またさらに増幅されることによって価格の急上昇・急降下、あるいは取引の急増・急減がもたらされる。
株式市場は価格が極端に上がり過ぎていれば、空売りなどにより裁定取引を行い、短期的にマーケットの歪みが調整されやすく、すなわち買い手・売り手の増減の不一致が生じにくく、投資家の心理的なバイアスが市場に与える影響は比較的軽微である。しかし、投資家行動の財務的な制約や情報の不完全性による裁定取引機会の制限が強い不動産取引では、心理的な要素による歪みが修正されることなく、長期間に渡る取引の過熱を誘発しやすい。
裁定機会の活用
不動産ファンドなど多くの投資家はファイナンスの制約などから、裁量を持って自由な時期に売買を行うことが困難である。一方で事業法人がCRE戦略上、実需としての不動産の保有あるいは財務戦略としての売却など行う際には、比較的その実行時期について裁量を持って行うことが出来る。
このとき取引の過熱を生み出すサイクルとそれを引き起こす心理的なバイアスを意識することでより有効な不動産戦略を立てることが可能となる。
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本コラムにおいては、分析結果に基づく従来のレポートとともに、不動産取引やCRE戦略における参考資料として、取引市場に関連する各種最新データを紹介する別レポート「データで見る不動産取引動向」をあわせてご提供します。
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