コラム

vol.06 2009年12月号
不動産のモニタリング手法と分析の視点
◇株式会社 住信基礎研究所 私募投資顧問部 副主任研究員 米倉 勝弘

CRE戦略におけるモニタリングの必要性

一般事業法人が企業不動産(CRE)やそのポートフォリオを戦略的に活用するためには、CREの各種定性評価に加え、保有不動産の取引市場における価値(市場価値)と、保有不動産を利用した事業から生まれる営業フリーキャッシュフローの現在価値(使用価値)との定量的な比較を通して、企業価値向上の観点から継続保有・売却(リースバック等含む)・新規購入等の判断を行うことが望まれる。特に市場価値については、同等・同質の賃貸用不動産の動向に左右されるため、常に市場価値要素の現状を監視(モニタリング)しつつ、状況に応じ機動的に判断することが求められる。

市場価値の評価体系

不動産の市場価値は、収益還元法(直接還元法)によれば、収益水準指標である将来平均のNOI(賃貸純収益)あるいはNCF(資本的支出控除後NOI)と、同収益に対する保有者の投資基準(利回り指標)であるキャップレートから求められる。

NCFの収入要素には、賃料収入、共益費収入、水道光熱費収入、その他収入等が挙げられる。このうち共益費収入および水道光熱費収入は同費目において相殺され、またその他収入はその比率が極めて小さいことから、賃料収入が主要な収入要素となる。一方NCFの支出要素には、保有者の収入・支出等戦略によってばらつきが大きい維持管理費、修繕費、資本的支出等の戦略的支出と、それらによらない公租公課、保険料、水道光熱費等の非戦略的支出等がある。

キャップレートの構成要素には、リスクフリーレート要因(RF)、リスクプレミアム要因(RP)、グロース要因(G)が挙げられる。リスクフリーレートは、理論的には保有者の資金調達手段や投資期間により異なるが、不動産投資の場合は一般的に10年物国債利回りが用いられる。またリスクプレミアムの水準は、静的にはNCFの変動リスクあるいはそれらと関連の強い各種不動産特性(建物仕様、立地、災害リスク等)によって異なるが、動的には不動産投資資金の種類および量によっても変化する。グロースはNOIの成長性(将来見通し)に基づくが、長期的な成長性として代替的にGDP成長率、CPI増減率等を参考にする場合もある。

以下では、こうした市場価値要素の中でも相対的に重要度の高い、(1)賃料収入、(2)戦略的支出、(3)リスクプレミアム、について、そのモニタリング手法やその考え方を整理した。

【図表1 不動産の市場価値評価体系】
不動産の市場価値評価体系

賃料収入のモニタリング

賃料収入は本来、成約賃料、テナント入替、賃料更改、空室率等により決定・変動するが、特にテナント入替や賃料更改状況は市場で観測することができない。このため賃料収入の変動に近似し市場情報から推計可能な指標として、稼動賃料(=募集賃料×稼働率=平均募集賃料×(1-空室率))を採用する場合がある。稼動賃料は稼働率を100%にするための募集賃料とも解釈でき、物件の真の競争力を測る指標といえる。

稼動賃料は、テナントが入居の際に比較検討するエリア・仕様等が、同質の競合物件との相対的な魅力度(=市場における競争力)によって左右されることから、個別不動産の評価に当たっては、経年劣化をも踏まえた競争力の変化やその方向性を把握する必要がある。またテナント入居時期の関係で、実績稼動賃料と相場賃料等との間に乖離がある場合は、実績稼動賃料が高い局面では下落リスクを、同賃料が低い局面では機会損失を、それぞれ考慮しなければならない。さらにこうした個別不動産の競争力以上に重要なのが、当該不動産が属する市場そのものの方向性の評価である。例えば稼動賃料の過去の動向からは、(1)企業活動の全国化・グローバル化により、タイムラグや変動幅は異なるものの全ての都市で同様の市場サイクルが発生していること、(2)市況回復期は新規起業が活発な大都市が、市況悪化期は支店統廃合の対象になる地方都市が、それぞれ先行すること、(3)少子高齢化や人口減少の影響の差異により都市間格差が拡大していること、等が指摘できる。個別不動産がこうした市場構造やその変化に晒されていることを考慮した上で、将来の稼動賃料を評価することが求められる。

【図表2 賃貸オフィス市場における都市別稼働賃料の推移】
賃貸オフィス市場における都市別稼働賃料の推移

出所)シービー・リチャードエリス総合研究所データに基づき住信基礎研究所作成
注)稼働賃料=平均募集賃料×(1-空室率)

戦略的支出のモニタリング

NCFの支出要素は削減対象となりやすい要素であり、実務的には専門家の知見、データに基づくシステム評価、J-REIT保有物件の実績等が提供されており、建物構造等ビル属性に基づく平均的な項目別支出水準と比較することができる。

しかしながら維持管理費、修繕費、資本的支出等については、執務環境レベルや賃料収入を大きく左右する要素でもあり、妥当な支出水準は、保有者の市場価値の維持・向上に対する考え方により異なる。妥当な支出水準の検討に当たっては、(1)執務環境レベルに対する顧客ニーズと現状との乖離、(2)支出削減と執務環境レベル向上とのトレードオフ、(3)執務環境レベル向上と賃料収入アップとの関係、(4)プロパティマネージャー等の執務環境レベル向上能力、等の観点に基づき評価することが求められる。

キャップレート(リスクプレミアム)のモニタリング

キャップレートについてはそのベンチマークとして、アンケート結果である不動産投資家調査(財団法人日本不動産研究所)による期待利回りや取引利回りがある。個別不動産のキャップレートについては同ベンチマークをベースとしつつ、鑑定評価等で多用される要素別リスクプレミアム等の経験値、あるいはJ-REITの取引事例や鑑定結果等データによるサンプル、および同データを利用した立地・仕様等を考慮した品質調整モデルによる推計結果が参考になる。

ただしキャップレートの主要な要素であるリスクプレミアムについては、経済環境、特に不動産投資資金の動向によって大きく異なるため、その現状および将来像を見極める必要がある。ところが同投資資金のうち、J-REITや海外REIT等の流出入動向が明確な資金は一部にとどまり、その大半はプライベートファンドやSPC等の非公開会社や媒体を通じたもののため、資金動向の全体像を把握することは極めて困難である。このため代替的に主要な海外・国内のエクイティ投資家(年金基金、生損保、一般事業法人、不動産会社、政府系ファンド、REIT、プライベートファンド等)および海外・国内のデット投資家(商業銀行、投資銀行、ほか金融機関、CMBS・RMBS等投資家)の動向を、業界データ・アンケート・ヒアリング結果等をもとに把握する必要がある。また定量的な分析においては、投資家の属性別動向と関係が深い多様な指標(株式市場、債券市場、為替、融資態度、市場規模等)等から、その実態および方向性を類推する方法もある。

CRE戦略立案への展開

以上のように不動産私募ファンドの原資産評価に当たっては、賃料収入、戦略的支出、リスクプレミアム等をはじめとした市場価値要素について継続的な評価(モニタリング)が行われている。同様にCRE戦略立案において保有不動産の市場価値を推計する際にも、非賃貸不動産を擬似賃貸不動産とみなし同様の評価およびモニタリングを行うことになろう。こうした企業価値評価の「ものさし」である市場価値のモニタリングは、CRE戦略立案上不可欠の取り組みと言える。

特に近年、企業価値の最大化という内発的な動機、および国際会計基準へのコンバージェンスに伴う賃貸不動産の時価等の開示という外圧的な環境により、市場価値のモニタリングの必要性は今後一層高まることが予想される。一般事業法人においてはモニタリング体制の整備が早急に求められ、本稿で示したような、各種モニタリング手法の導入検討が浸透するものと考えられる。

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